すぐ壊れる幸せと長続きする幸せはどう違うのか[論理的に説明しようとしてみます]

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楽しいことだけしていたら幸せ、それはそれがずっと続けばそうなんですが、ずっと楽しいことばかりしていたらいつか楽しくなくなって不幸になる。

そのメカニズムを解明したい、解明ってほどじゃないけど、たぶん僕は若いころから哲学とか心理学とか興味あって色々知ったから、わかる話な気もしまして。

たとえ話ならいくらでもできる気するけど、それじゃ核心的なことが良くわからないような気もするので、ちゃんと1から10まで説明してみる試み。

たぶん幸せって幸せじゃない人が考えてるような方法じゃ手に入らない、幸せになれない人が想像してるのとはぜんぜん違うものなんだろうと思ったりします。

幸せの定義

人にとって幸せとは、心が平穏で落ち着いた状態、それでいて心が十分満たされた状態を言うのではないかと思ったりします。

ないものねだりも不幸の元なので、あるものを見ることができている状態、自分がいま持っているものをしっかり感じることができている状態です。

言い換えれば、よく言われる「今に集中できている」状態は幸せな状態だと思いますが、それも集中してないとなかなか長続きしないと思います。

すぐ壊れる幸せもあれば、いつまでも続いていく幸せもあって、色んなところで定義されていますが、やっぱりいつまでも続くに越したことはないです。

すぐ壊れる幸せについて考察

刹那的と言われるけど、麻薬まではいかなくてもお菓子とか甘いものとかですね、お金がかかったり健康を害する快楽とか、いつまでもは続かないです。

学生のころを思い出すと、学校の友達同士でも夜中まで遊んでしまったら次の日眠くて、まともに授業受けられなかったりしますよね。

夜遅くまで遊ぶ選択さえしなければ、勉強ができるようになって、ゆくゆくは仕事もできるようになって、幸せな状態が長続きしそうな感じがします。

ポイントは「自分の外側に楽しみを見出していること」で、それを自分の内側、いま持っているものや身に着けていることにフォーカスすれば良いという話になります。

長続きする幸せの条件

じつは幸せになるための条件というかコツ、たくさんあるんですが、基本は一般的に言われている「善くないこと」をせず、「善いこと」を身に着けていくことだと思います。

善くないことってどのレベルかわかりづらいかもしれないけど、ウソをつかないとか、欲を出さないとか、人を騙さないとか、悪口を言わないとか、色々ありますよね。

そのような小学校で習うような善くないことをしない、そうしたい感情が沸いてきても無視すると「決める」ことです。

そうすると自ずと善い行いだけが残って、それが習慣になって、人生が幸せな方向に向かっていく第一歩なんじゃないかと思います。

善いことを継続していくことも大事で、そのためには善いことは何かについて常に学んで、自分でも考えて理解を深めていく必要があると思います。

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善いことの定義

たとえばテロリストの集団の中にいて「僕はテロはどうかと思う」と叫んでも殺されるだけなのと一緒で、今いる場所によって変わってくるものだと思います。

なので、その「今いる場所」を変えられないのであればそれに合わせるしかないし、変えられるのであれば積極的に自分の思想と近い人が集まっているところへ移り住むのが良いと思います。

ある程度考え方を理解することは必要ですが、不満をためて愚痴を言うだけみたいなのは時間の無駄と思いますし、周りの人にも迷惑をかけるのでやめた方が良いと思います。

それも理想論といえば理想論で僕の思いつきといえば思いつきなので、その限りではないですが経験上そう間違ってない気がしてます。

まとめ

幸せって相対的なもので、自分が近くにいる人より不幸だったら辛い気持ちになるし、他人の不幸は蜜の味みたいなとこもあります。

だから人より外面的に幸せになろうと思ったら相応の努力が必要になってくるわけですが、そのための努力こそが不幸の元だったりします。

相対的な幸せより絶対的な幸せを手に入れようってなると、幸せになる考え方を身に着けて、自分のやりたいことと幸せになる生き方を一致させられるぐらいにならないといけないのだと思います。

世間に生き方を操作されていると勘違いしてしまう人もいると思いますが、1+1=2のように、そのように決まっていることを学ぶだけと理解できれば、そういう気持ちも払拭されると思います。

生きづらさの正体はアンバランスさ

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